ブログ HITOGATA   in Otaru       by摩耶

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2010年 05月 31日

手宮公園

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先週行った手宮公園。
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ソメイヨシノはすっかり終わってしまっていたのですが、
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八重桜が咲き盛りとばかりに・・・。
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ここ手宮公園は桜越しに海が見える素敵なところ。 だからボカすよりも、ありのまま撮りたくなった。
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以前来た時は子供が一緒で、このベンチの足が顔に見えると教えてくれた。 あれから何年経ったのだろう・・。
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エゾツツジ
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ボケの花
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芝桜
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ここは公園内の緑化植物園。 一人でも来られるのになかなか足が向かなかった場所。近いのにねー。
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by Blog_Maya | 2010-05-31 09:52 |
2010年 05月 30日

茨木家中出張番屋

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祝津のにしん漁場の建物の中でこの番屋は一番腐朽がひどかった。 30年間空き家だったため屋根に穴が空き、外壁ははがれていたのです。 そして春になってこちらの前を通りかかったところ、なにやらブルーシートが張り巡らされ作業している人がいる・・・、
「遂にこれも取り壊されてしまうの?」 とても残念・・・。
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ところがこれは解体ではなかった053.gif 町内の集会やまちづくりの施設として活用するのだそうです!
国土交通省の「建設業と地域の元気回復助成事業」という建設業と異業種が連携して地域活性化の取り組みを支援するもの。 
全国240件の応募の中から104件が採択され、北海道では21件中5件が選ばれたそうです。
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この番屋だけは改修前に建物調査を行った北海道職業能力開発大学校 駒木准教授が説明されました。 室内は玄関から土間が広がり、正面奥にはかまど、その屋根上には煙を吐き出すための煙り出しにつながっていました。 かまどの後ろには傾いていたトイレに代わって断熱材で囲った男女別のトイレを作るそうです。 
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土間を堺に右手は座敷が6室もあり、神棚がある部屋から囲炉裏が発見されました。 本建物は古材を転用しながら建てたことが今回の調査で分かり、さらに座敷の部材に墨書が埋め込まれていました。 それには「明治九年」「羽後国飽海群千代田村」と記されている事から最初の建物は明治9年に完成し、茨木興八郎の出身地である千代田村の人物が関わっていたことが分かります。
また棟札が発見され、「秋田県山本群常盤村 大工棟梁山田留吉」「明治四十五年六月五日」と書かれていました。 また建物南側の柱落書きに「秋田県山本郡沢目村目名潟」とあるのを発見。 双方に共通する秋田県山本郡の出身者が茨木家に雇われ祝津に来たと思われます。山田留吉は茨木家の建築に関わった棟梁で大正12年まで祝津などに存在していたことが分かっているそうです。
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かまどの左手は漁夫が寝泊りするための「ネダイ」という板棚が壁に張り巡らされていたのですが、その下から鉄製の錨が何個も出てきたのでこれも何かに活用したいとのことでした。
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二本の太い柱と斜めの筋違いは西洋風小屋組みの木組み(トラス)を支える特異な構造です。 外観の腐朽状態からは想像できなかったのですが、内部は明治時代の番屋の様子をよく残していました。 30年もの長い間空き家で屋根と壁が傷んでいても、浜辺の風雪に耐えることが出来たのはこの堅牢な木造建築技術のお陰です。
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平成22年6月に地域のコミュニティーセンターとして生まれ変わる茨木家中出張番屋、地域の歴史と文化を見直して観光事業の発展を促す目的が認められた事業です。 これには小樽商工会議所会会頭を筆頭に地元から祝津たなげ会、小樽市、小樽建設業事業協会、小樽観光協会など全市を挙げて取り組む姿勢も採決された理由の一つと思われるとのことでした。 祝津では茨木家中出張番屋の存続の話し合いを機に周囲のにしん漁家や石倉を地域の歴史的、文化的遺産として見直す機運が高まっています。 完成を楽しみに番屋を後にしました。 これで番屋巡りは終わります。
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by Blog_Maya | 2010-05-30 08:59 | 小樽
2010年 05月 29日

茨木家住宅

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天保12年(1941年)に山形県で生まれた茨木興八郎は1860年に来道、明治3年(1870年)には祝津で漁師として独立しました。 明治36年には漁場を経営しながら札幌豊平に水田を開発し手稲や比布にも進出。 茨木家の住居は番屋通りと呼ばれる道道小樽海岸線に沿う山側に建ち、茨木家出張番屋、先日紹介した恵美寿神社の鳥居と隣接しています。
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住宅は平屋の主屋と二階建てのはなれからなっていて、こちらは道路に面した主屋。 前庭の周囲には道路の仕切りとして四角形の花崗岩を立て、屋根は緩やかに四方向へ傾斜する奇棟です。 正面中央は来客用の玄関でその屋根は三角状の小屋根(入母屋波風)、この屋根は曲面の屋根をかけて左側に並ぶ家族用の玄関と区別し、細部も円筒形の束(太瓶束)と草花をモチーフにした彫刻した持ち送りで支えています。 
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こちらははなれ。 主屋と後ろでつながっています。 実際は二階なのですが、豪華に見せるためもう一段屋根を高くしていました。 
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アップにすると雲をかたどった装飾が見事で、また屋根が長年の風雪に耐え くるいがないのが分かります。
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こちらも二階部分、雲をモチーフにした装飾のようですが、道路側から全く見えないはなれでしかも見上げないと気がつかない場所まで手の込んだ細工をするところから、当時の繁栄を伺えるのでした。 次回は素晴らしい企画のある茨木家番屋の紹介をいたします。
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by Blog_Maya | 2010-05-29 07:51 | 小樽
2010年 05月 27日

恵美須神社

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水族館に向かう番屋通り左手に見えるこの鳥居、この上に拝殿があるのでしょう。けれど見上げても拝殿が見えないこと、参道が急坂で足場の悪く、か細い曲がりくねった道なので一人で上がるのを躊躇っていたのです。 けれど今日は参加人数15人、ガイドの方は「危ないので充分気をつけて上がってください」と残りましたが、みんなで上がっていきました。
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雨でぬかるんでいる時は滑って危ないだろう、充分登り甲斐のある参道の行き着いた先。 当時にしん漁で栄えた祝津、ここで漁の安全と大漁祈願したのでしょう。 この後方に本殿があるのですが、覆屋によって保護されているので残念ながら見ることが出来ません。 けれど本殿は1863年越後国寺泊出身の棟梁が新潟から南へ約40キロの場所から来樽し建てた、数ある小樽市指定歴史的建造物の中でももっとも歴史ある建物となっています。
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狛犬がなんとも味のある表情をしていました。
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一度モチーフにして制作してみようかな・・・。 
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じっくり拝殿も見終わって帰ろうと振り向いたら一面に広がる日本海・・・
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当時の大漁を祈願する網元や漁師達に思いを馳せました。
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by Blog_Maya | 2010-05-27 07:53 | 小樽
2010年 05月 25日

白鳥番屋

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先週末開催された鰊祭り。予約していた番屋巡りに申し込み自体覚えていなかった夫を引きずって行ってまいりました。
まずは小樽三大網元といわれた白鳥番屋。今は群来陣という料理店になっています。 白鳥家別邸は以前紹介したこともあるそば処藪半。いづれも飲食店として活用されているのですね。 話を戻して、番屋全体に共通するのは玄関に曲面のある屋根をかけ、両側の窓には細かな格子をつけている事。また屋根の下の雲模様が彫刻されている支え板は「持ち送り」と呼びます。
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こちらは座敷につながる板間で親方の生活空間です。
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反対側は土間のまわりに漁夫の寝床があったそうで、天井もなく吹き抜けでした。 
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この石蔵は白鳥家の漁具等を収容していたもの。
石造りなのは防火のためで1992年調査時にはもう一棟ありましたが、残念ながら壊れてしまったそうです。 
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こちらの小振りな石蔵は白鳥家の家財を収容していました。そのため上の蔵より手が込んで作られています。注目すべきはは石の厚さが27センチもあるところ。市内の石蔵や倉庫は大体15センチか20センチなのと比べると厚いですね。
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屋根も凝っていて瓦屋根の両端は白鳥家の印を付けた鬼瓦がのり、その間の棟に装飾を施した半円形の瓦を二段に配し、また瓦の下は段々の装飾、屏風だたみと言うのだそうです。
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これは白鳥家の印。小樽には歴史のある「印」が沢山あり、商店や石造りの建物は道具、あるいは半纏などに広告を兼ねて判別に印を使用していました。漁師たちは網に「アバ」と呼ばれる木板の浮きに印を付け、網が時化で流されて不明になっても何処の誰の物か分かるようにしていたそうです。 また当時は作業場や船、鰊を背負うモッコと呼ばれる木の背負い箱にもつけていました。 今でも古い石倉倉庫の壁上部に印を見つけることが出来ますので、小樽に来られる時は気をつけて探されるのも楽しいかもしれません。 
この二つの倉庫は以前から撮り歩きしている時に気になっていましたが、今回由来が分かりました。それにしても屋根を修理し、雨の侵入を防げば、まだまだ使える貴重な石蔵なので活用を望みたいところです。番屋巡りはまだ続きますが、今日はこの辺で・・。
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by Blog_Maya | 2010-05-25 22:35 | 小樽
2010年 05月 24日

週末の収穫?

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来るのが遅かったので・・・。
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桜は終わっていました。
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なので小樽の老舗「かま栄」で有名なココでシャッタースピードを変えるテストをしてました。
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でもこのサイズではあまり変化がわかりませんね。   
あとから このカメラにNDフィルターが内蔵されていたことに気が付く、オマヌケな私です。
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でもヒトリシズカに出会えたから良しとしようっと。
この日は桜を求めてあるところにも行きましたが、それはまた後日アップします。
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by Blog_Maya | 2010-05-24 07:11 | 小樽
2010年 05月 23日

柔らかく~

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柔らかな花の表現はコンパクトでは無理があるけれど、憧れがあって・・・
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ちょっとやってみました  結果はピンボケ写真
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少し柔らかくなったかな?   
ところで昔カメラマンが「シャを掛ける」と言っていたけれど、それって「紗」だろうか、それとも「斜」?  
最近どうでもいい事思い出して気になることが多いです。 
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by Blog_Maya | 2010-05-23 22:27 |
2010年 05月 20日

素象人形と彫刻の違い

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                                                     「羅 漢」


 以前初めての個展を開催した際、新聞社からの取材で「摩耶さんは彫刻家ですか?それとも人形作家なのですか?」と一番最初に聞かれました。 「素象人形展」と冠しているにも関わらず、尋ねるということは 記者の方は私の作品を人形と呼ぶ事に納得していなかったのかもしれません。 確かに素象人形は彫刻家小林止良於氏が創始者。 デッサンに正確な素象人形に記者がそれまでご覧になった手足が小さい可愛らしさを求めた お人形と違いを感じるのは当然の事です。 
 素象人形の「素」とは無地、飾らないこと、「象」とは心に浮かんだ姿、かたち。 素材は陶土で成形後、縮み割れを防止する為、中を空洞に貫き乾燥後、焼成して仕上げたテラコッタです。 初めて聞く方には理解が難しいかもしれません。 写真でもなかなか伝わらないので、実際に作品を見ていただきたいところです。

 では彫刻と素象人形の違いとは何か、今日は私なりの考えを述べたいと思います。 彫刻は全身、首、胸像とありますが、すべて屋外、または部屋空間を宇宙とします。 それに比べて素象人形は床の間、あるいはリビングボードの上などの空間が宇宙。 彫刻は内包するエネルギーがあるとしても、それは外に向けて発信されるものであり、素象人形は内にその情感を秘め、見るものに共感させるのです。 ある人が「彫刻は裸で人形は服を着ているのが違うところだ。」と言っていましたが、これは少し違います。 私が思うに、着衣彫刻はその衣服の下に筋肉の存在を示しているのです。 また裸体の素象人形があったとしても、それは肌を強調する事はなく、情という衣を纏って完成していることでしょう。 彫刻は衣服があっても限りなく肉体に迫り、また逆に素象人形は裸体に肉薄する事はありません。

 素象人形は私にとって立体の詩。 文字はないけれど、作者の想いを素象人形という媒体を介して御覧下さる方に届けたい・・・そう思って制作しています。 「色がないのは人形じゃない」と言われることも多いですが、色は限定した世界を作り上げてしまいます。 付けないことで、よりイメージを拡げる事が出来、作品を奥深く感じていただきたい。 お人形にない「内面の美」、彫刻にない「手頃の美」、素象人形をそんな風に受け入れていただけたらと思います。

ー追  記ー
彫刻家 小林止良於氏の芸術人形論の記事
人形に問う
芸術人形指向 <上>
芸術人形指向 <中>
芸術人形指向 <下>










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by Blog_Maya | 2010-05-20 16:37 | 素象人形
2010年 05月 18日

満開のサクラ・サクラ

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昨日はいろいろ用事もあったのですが、満開の桜に我慢が出来なくて近場の名所へ寄りました。
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南小樽駅、先週まで六、七割咲きだったソメイヨシノ
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去年は咲きが芳しくなかったのですが、
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今年は満開で安心しました。
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駅から降りて携帯で写真に納める人も数多くいらっしゃいます。
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来年も沢山咲いてね。
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ここまで来るとあともう一箇所。
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住吉神社。
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エゾヤマザクラはもう散り頃でした。
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ふと後ろを振り返った瞬間、
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カメラが船を捕らえました。
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小樽は高いところに行けば何処でも海が見えます。 

道のりは遠い・・・
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by Blog_Maya | 2010-05-18 08:15 |
2010年 05月 16日

立ち枯れのオオウバユリ

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某ブログで初めてその存在を知ったオオウバユリ   ユリ科  Cardiocrinum cordatum var.glehnii
北海道、本州の中部以北のやや湿り気のある林内、林縁に自生する。 ギリシャ語で心臓(葉)とユリ(花)の意味を持つ。

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種から花が咲くまでは約7年の年月が掛かりながら何個花がついていても ほとんど同時に咲き3~4日でしぼんでしまう。咲いたかと思うと、あっという間に終わってしまう花です。花の頃には下葉が取れかかることから、“葉”と“歯”をひっかけて姥(うば)に見立てて名付けられたと言われています。 その代わり実の方は雪が降ってもピンと立っていて、雪融け後に立ち枯れしているものの1.5メートル程の実をつけた茎を見つけることが出来るのでした。 花をつけた株は一生を終えますが、元株の脇に子株が育っているそうです。
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今回ようやくオオウバユリを撮ることが出来たのでちょっと調べてみました。
アイヌの人々の料理にはオオウバユリを使うトゥレプシトというメニューがあります。 オオウバユリは鱗茎からデンプンを摂ることができ、アイヌの人々にとって重要なデンプン源。 オオウバユリをすり潰して団子状し、ギョウジャニンニク、野菜ともに煮て最後に魚のタラの油を入れることで、新陳代謝の効果を上げる。 滋養強壮や胃腸が悪い時や下痢の時、産後の回復食などの薬として使われる。 長年この地に住み続けてきたアイヌの人々の知恵、まさに医食同源ですね。
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by Blog_Maya | 2010-05-16 10:02 | 市外